RSS
 

ドイツ修業日記Nr.1 不思議な運命

こんにちは。今日は私がどんな風にしてドイツへ行くことになったかをお話してみたいと思います。

まず、"ドイツへ行きたい、ドイツでお菓子の修業をしたい!!"と思いました。当たり前なのですが、この思いがはじめの一歩としてもっとも大事だと思います。

で、ドイツに関わっていそうな友人・知人・機関に片っぱしに問い合わせました。めぐりめぐって大学の恩師に紹介していただいたドイツ語の先生の、留学時代の友人の友人でお菓子屋さんに嫁いでいるという方につながりました。

ドイツ語はもちろん英語もおぼつかない私でしたが、別の知人の紹介で知り合いになったドイツ人と日本人のご夫婦の大いなるご協力のおかげで、あれよあれよという間にそのお菓子屋さんに、見習いとして受け入れてもらえることになりました。

行きたいと思い、行動に移してから半年後には大阪のドイツ領事館で、ビザの申請をし、9ヵ月後には飛行機に乗ってました。

出発直前になって、怖くなったりしましたが、不思議な感覚のほうが大きかったなぁ、と思い出します。

まるで決まっていたレールをおさらいしながら歩いているだけのような、こうなるべきだったんだなぁという不思議な気持ち・・・

こんな現実離れした感覚の中、ドイツ修業が始まったというわけです。

じゃあ・・続きはまた次の機会に! チュス!(バイバイ)

ドイツ修業日記Nr2 不安と期待の中での始まり

こんにちは。

ドイツ修業の続きを書かせていただきます。

修業先の社長には、私が到着する空港・年月日・時刻・便名のすべてを事前にお知らせしたにもかかわらず、出迎えの様子が無く、一気に不安になりました。すぐに知り合いのドイツ在住の日本人の女性に電話をかけ、社長へ連絡してもらったところ、ちょっとした連絡の行き違いがあり、社長は私の到着を1週間後だと思っていたらしい、ということがわかりました。

それでも何とか都合をつけてもらい、約6時間後に無事お会いすることができました。Danke!!

お店に向かう車の中で、片言のドイツ語で自己紹介。

Guten Tag!! Ich heiße MIka Mori. Es freut mich sehr, daß ich in Deutschland arbeiten darf. -----------

その後言葉が出てこず、社長の話す言葉も理解できず・・・・

車内はシラーッ・・・・シーン・・・・

でもなぜか、Stau(車の渋滞) という単語がひとつだけ理解できたのを覚えています。と同時に、生活するには私が準備してきたドイツ語では全く通用しないということを思い知った瞬間でもありました。

とまあこんな風な始まりでした。じゃぁまた! チュス!

ドイツ修業日記Nr3 慣れないことの連続

こんにちは。久しぶりにドイツでのことを書かせていただきます。

無事滞在先に着き、生活の、仕事の細々としたことの説明を受け、わかったようなわからないような・・・そんな始まりでした。

数日間は仕事というよりも、社長にいろいろなところへ連れて行っていただき、初めて”アップフェル・ストゥルーデル”を食べたのを思い出します。おいしかったぁ!(薄い紙のような生地にりんごを敷き、くるっと丸めて焼いたもの)

この期間は、これから始まる生活の準備期間といった感じで、部屋の中に台所もどきを作ってもらったり、家具を置いたり・・・そんなことで数日間が過ぎていきました。

食生活ががらりと変わったのに体がついてゆかず、野菜不足から手が震えたり、イライラしたりで、1週間目ぐらいで中華レストランへ駆け込みました。

”野菜!野菜!野菜をください。”と野菜炒めを注文して、ほっとしたなぁ。

水が変わって、食材が変わって、環境が変わることは大きなストレスです。でもやっぱり必ず、馴染めるんですねぇ。(まぁこれはあとから振り返っていえることですけれども)

取り巻く環境の激変の大きな収穫としては、自分が変われる!仕事が始まるまでのこの数日間は、これから起こる私の中での大革命の第一歩となったわけです。